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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)2720号 判決 1971年8月18日

原告 大洋自動車交通株式会社

被告 扇交通株式会社

主文

被告は原告に対し金二〇万円およびこれに対する昭和四一年四月九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告において金六万円の担保を供するときは、原告勝訴の部分に限り、仮に報行することができる。

事実

第一、原告訴訟代理人は、

「被告は原告に対し、金三〇万円およびこれに対する昭和四一年四月九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「一、原告および被告はいずれもタクシー営業を目的とする会社であり、かつ、訴外東京乗用旅客自動車協会(以下協会という。)に加盟する会員会社である。

二、協会は原、被告を含む東京都内の一般乗用旅客自動車運送事業者(ハイヤー、タクシー事業会社)が会員(社員)となり、一団となつて右運送事業の円滑な運営と合理化を促進することを主たる目的として組織設立された民法上の社団法人であるところ、昭和三九年頃ハイヤー、タクシーの運転手(第二種免許所持者にして旅客運転業務の経験を有する者)が不足していることに便乗し、支度金と称して法外な金員を要求し各タクシー会社を転々とする悪質な運転手が都内に横行し、これがためタクシー事業会社のなかにもこれら悪質運転手の作為的移転引抜きを行なうものが生じ、引抜かれた会社の経営および労務面に支障を来たす事例もあらわれて来て、会員間にその防止是正を要望する機運が生じたので、協会としても、会員相互間のトラブルを未然に防止しかつ悪質運転手の恣意を阻止して業界全体の安全と自恃態勢を樹立すべく、その対策を検討した結果、昭和三九年四月一四日協会の理事会において「運転者移動防止に関する業者間協定」(以下本件協定という。)が成立した。そして同日協会の会員会社(社員)はいずれも本件協定の内容を諒承しそれぞれ個別的に本件協定上の義務を負うことを承諾する旨の誓約書を協会に提出した。

本件協定は、協会の会務の運営について決議決定する権限を有する理事会の決定によるものであるから、それ自体協会加盟の会員会社を拘束する性質のものである。しかも上記のとおり、右理事会の決定に対応して原・被告を含む会員会社が本件協定を遵守する旨の誓約書を協会に提出したので、理事会決定それ自体では加盟会社相互間を規制する効力がないとしても、会員会社は個々の集合した契約によつて相互に本件協定に定められた権利を取得し義務を負担する関係に立ち、その意味において本件協定の内容は法的拘束力を有する。

三、ところで本件協定には、

1  会員会社は現に会員他社に所属している運転手については勿論、会員他社を退職した後六ケ月を経過していない運転手についても、これを使用しないこと、

2  右の定めに違反して右運転手を使用した会員会社は、当該運転手の所属していた会員他社に対し、右運転手一名につき金一〇万円の違約金を支払うこと、

と定められているところ、被告は右の定めに背き、協定期間内である昭和三九年四月一日から同年九月三〇日までの間に、現に原告会社に所属している運転手ないし原告会社退職後未だ六ケ月を経過していない運転手であるところの、訴外大塚高義、同梅津太啓夫および同内野萬三合計三名を原告の意思に反して雇傭した。

四、そこで原告は本件協定にもとづいて被告に対し、右各違約金合計三〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四一年四月九日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」旨記述し、

被告の下記第二、二の各抗弁事実は争う、と述べた。

第二、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決および被告敗訴のときは、仮執行免脱の宣言を求める旨申立て、答弁および抗弁として次のとおり述べた。

一、1 原告主張の請求原因一の事実は認める。

2 同二のうち、前段の事実(ただし、誓約書提出の有無および時期の点を除く。この点は各会員会社により異なつている。)は認めるが、後段の事実は争う。

3 同三のうち、本件協定に原告主張のような定めがあることおよび被告が原告主張の三名を雇傭したこと自体はいずれも認めるが、その余は争う。

二、1 本件協定における原告主張の違約金の定めは、会員会社所属の運転手の職業選択の自由(憲法第二二条)および勤労の権利(同法第二七条)を侵し、生活の基礎を失わしめるものであつて、本件協定そのものが無効である。

2 仮にそうでないとしても、本件協定はいわゆる紳士協定であつて協会内部における勧告的な範囲を出ず、それに従うか否かは協会員としての信義上・徳義上の問題にすぎない。違反者に対し、協会も会員も法的権利としての請求権を取得するものではない。

3 仮に違反者に対し法的権利としての請求権が生ずるとしても、それは協会対会員の関係においてであつて、会員相互間の直接の権利義務として生ずるものではない。すなわち、右の定めに違反した会員会社は協会に違約金を支払い、協会が運転手を引抜かれた会員他社に違約金を支払うという関係が生ずるにすぎない。

4 仮に右請求権が会員相互間に直接生ずるとしても、それは、所属運転手を引抜かれた会員他社の申立により、協会において、会員会社が本件協定に違反して右引抜きをしたと裁定し、違約金の支払を右会員会社に命じた場合に限られるのであり、しかもこの判断権は協会に専属する。

しかるに本件にあつては、協会の右協定がされていないのであるから、原告の被告に対する違約金支払請求権は発生していない。

5 仮に協会の右裁定を経ることを要せず、直接訴訟により協定違反の有無および違約金支払義務の存否の審理判断を求めうるとしても、本件協定における違約金の定めは、会員間において積極的なしかも悪質な運転手引抜き行為が行なわれた場合にのみ適用されるものである。

本件において被告はかような引抜きを行なつていない。訴外内野万三は原告会社における勤務時間、通勤の不便および給与の低さ等が原因で完全に原告会社を退職した後に、また他の訴外大塚高義および同梅津太啓夫の二名は、原告会社における昭和三九年七月の賞与支給時にその金額のあまりの低さに抗議したのに対し、原告会社代表者より「不満な者はやめろ」「一人やめれば一〇万円もうかる」と高言されたのに従つて退社した後に、それぞれ被告会社に採用方を申し込み、被告がこれを雇傭したのである。右三名に対する支度金交付なども全くない。したがつて本件は違約金を支払うべき場合には該当しない。

6 仮に違約金の定めが右のような場合だけに限定されるものではないとしても、被告は右三名の採否を決定するにあたり、原告に連絡をとつたところ、原告において右三名の解雇ないし退職を認めたので、同人らを採用したのである。したがつて本件協定の第三項(退職した会社から使用を依頼された場合もしくは当該会社が使用を円満に認めた場合は第一項(請求原因三1の定めをさす。)を適用しない。)および第四項(会員会社は新しく運転者が入社を希望したときは、……(中略)必らず前所属会社に照会して当該会社の円満な了解を得なければならない。)の各規定により、被告には違約金支払の義務はないというべきである。

第三証拠<省略>

理由

一、原告および被告がともにタクシー営業を目的とする会社であつて協会に加盟する会員会社であること、協会が原告主張のような社団法人であること、原告主張のような経緯のもとに昭和三九年四月一四日協会の理事会において本件協定が成立したことならびに本件協定には原告主張のような定め(請求原因、三、1、2記載の定め)があることは、いずれも当事者間に争いがない。

二、いずれも成立に争いのない甲第一、二号証、乙第二号証の六、同第四ないし第六号証、証人広渡浩美、同丹羽仙蔵、同佐藤正次郎(一部)、同神田力、同佐藤明の各証言、原告会社代表者尋問の結果(一部)によれば、

1  協会に加盟する会員会社は、三多摩地区に在るものを含めると合計約四〇九社を算え、それぞれその所在地域を管轄する各支部(合計二二支部)に所属していること、

2  本件協定第十一項に、「会員会社は、本件協定実行のため誓約書を協会長に提出し、また本件協定の実行を確保するために、金額五〇万円、満期昭和三九年九月三〇日(本件協定の存続期間の満了する日にあたる。)なる会員会社振出の約束手形一通をその所属支部長まで提出し支部長においてこれを保管する。」旨規定され、さらに同第十二項に、「本件協定実行のために設置された業者間協定実行委員会(以下実行委員会という。)は右の誓約書および手形を提出しない会員会社名を業界に発表する。」旨規定されたこと、

3  右第十一項の規定にもとづき、会員会社は、そのうちの数社を除き、本件協定を遵守することを誓約する旨記載した誓約書を協会長に提出し、原、被告ともこれにならつたこと、もつとも被告を含む協会都北支部所属の会員会社七社は、本件協定内容に不満を抱き、当初右誓約書の提出を拒んだが、その後右支部長の説得にしたがい昭和三九年七月中旬以降おそくとも同年九月末日前までに各自その誓約書を提出するに至つたこと、

4  なお右手形については、原告を含む協会城北支部所属の会員会社より提出されたけれども、被告その他都北支部所属の各会員会社はいずれもこれを提出せず、その他の会員会社のなかにも手形を提出しないものが多く、提出された手形についても、それが金員支払のために使用された実例はなかつたこと、

以上の事実が認められ、証人佐藤正次郎および原告会社代表者の各供述中叙上認定に抵触する部分は採用し難く、他に右認定を左右すべき証拠はない。

三、(一) 前記一の事実および前記二認定の事実に成立に争いのない甲第七号証(協会の定款)をあわせ考えると、協会は一般乗用旅客自動車運送事業の公共性にかんがみその健全で調和のある発展と民主的運営および経営の合理化とを促進し、あわせて会員相互の親睦と福祉の増進とに努めることを目的とし、右運送事業の合理化および改善発展を図るための調査研究対策の樹立実施を、右目的を達成するために協会において行うべき事業の一つにあげていること、右の対策の樹立実施の一環として本件協定が協会理事会の決議により成立したものであつて、右理事会はかゝる決議をする権限を有することおよび本件協定の成立に伴ない各会員会社はいずれも協会に対し本件協定を遵守すべき義務を負うに至つたことが認められるけれども、さらにすゝんで、右決議だけにより、会員会社相互間においても直接本件協定条項の履行を求めうべき権利義務関係が設定されたことを認めうる証拠はない。むしろ協会は社団であるから、社員(会員会社)は協会とのみ法律関係に立ち、社員相互間には直接の契約関係は存しえないものであつて、理事会の決議もこの社団の本質に反しない範囲内においてのみなされうるにとどまるものと解される。そして会員会社から協会に提出された誓約書もまたその文面から明らかなとおり、直接には、会員会社が本件協定によりこれを遵守すべき義務を協会に対して負うに至つたことを各自協会との間で確認する趣旨の下に提出されたものであることが前示甲第二号証の記載から窺われる。しかしながら原、被告を含む大多数の会員会社は、本件協定が成立した後に、その各条項の具体的内容を承認してこれを遵守すべく、かつ、他の大多数の社員も自己と同じく誓約書を協会に提出したことないしやがて提出すべきことを意識しつゝ、各自協会に右誓約書を提出したことが前記二の認定事実に前示甲第二号証、乙第五号証、証人丹羽仙蔵、同佐藤明の各証言の一部をあわせ考えることによつて認められるのであるから、この誓約書提出の各所為において右各社員はそれぞれ協会を通じて他の各社員との間に本件協定条項を合意の内容とする契約を結んだものであつて、原告および被告もこの契約において直接右条項所定の権利を有し義務を負うべき法律関係に入つたものと認定するのが相当である。したがつてまた本件協定は被告主張のような紳士協定にとどまるものではない。

(二) 被告は、本件協定における違約金の定めは会員会社所属の運転手の職業選択の自由および勤労の権利を侵すものである旨主張する。

請求原因二、前段中の争のない事実に、前示甲第一号証、いずれも成立に争いのない乙第一号証、同第二号証の一ないし六、同第三号証証人山下一雄、同広渡浩美、同丹羽仙蔵の各証言の一部をあわせ考えると、

(1)  昭和三七年頃以降各会員会社に雇傭されているハイヤータクシー運転手(第二種運転免許所持者で旅客運転業務の経験を有する者)が不足し、各会員会社はそれぞれ新規に有資格者を養成して不足業務員を補充してきたのであるが、既成のハイヤータクシー運転手のなかには、右有資格者の不足していることに便乗し、支度金と称して法外な金員を所属会員会社以外の会員会社に要求しその交付を受けて右会社に転職する等作為的に会員会社間を転々とする悪質な者が生ずるようになり、これがため会員会社のなかにも、右事情を知りつゝ、かつ、これが会員他社で折角養成した運転手を引抜く結果となり、引抜かれた会員他社の労務対策のみならず経営自体にまで支障を及ぼすに至るべきことを知悉しながら、安易な乗務員補充の方法として右のような悪質運転手の恣意を許して引抜きを行うものがあらわれて来て、会員会社相互間にこの引抜きをめぐつてトラブルの発生する事態を招来するに至つたこと、

(2)  これがため、かような事態の防止是正を要望する機運が会員会社間に生じるとともに、協会においても、会員相互間の右紛争を未然に防止し、かつ、悪質運転手の恣意を阻止し、業界全体の安定と自恃態勢を樹立する必要に迫られるに至り、昭和三七年一〇月頃、右引抜き行為を抑止することを目的とする運転者移転防止に関する業者間協定を定めるに至つたこと、

(3)  右協定の存続期間は限定されており、その期間満了に伴いこれと同様の趣旨の業者間協定が順次制定された後、昭和三九年四月一日これらの協定とほゞ内容を同じくする本件協定の成立をみるに至つたが、左記<1>ないし<4>がその骨子をなす条項であること、

<1>  会員会社は会員他社に所属している運転手および会員他社を退職した後六ケ月を経過していない運転手を使用しないこと。ただし、会員他社が会員会社による右各運転手の使用を円満に認め、または会員会社に右使用を依頼したときは、この限りではない。

<2>  会員会社は新しく運転手が入社を希望するときは、この旨を右運転手の前所属会社に照会し、会員会社において右運転手を使用することについて前所属会社の円満な了解をえなければならない。

<3>  会員会社が<1>の但書の定めにしたがい会員他社に所属するまたは所属していた運転手を新しく使用する場合右運転手が右会員他社に債務を負担しているときには、会員会社は右運転手のため右債務を右会員他社に弁済することを要する。

<4>  会員会社が<1><2>の定めに違反して会員他社に所属している運転手または会員他社退職後未だ六ケ月を経過していない運転手を使用したときは、会員会社は会員他社に対し使用した運転手一名につき金一〇万円を支払うことを要する。なおこの場合当該運転手が右会員他社に債務を負担しているときは、会員会社は右運転手のため右債務を右会員他社に弁済する責を負うものとする。

右<4>の定めは、右<1><2>の定めを実効あるものとするために設けられたものであるが、この目的とともに、当時ハイヤータクシーに乗務しうる運転手を養成する費用が一名につき約金一〇万円を要していたところから、その所属運転手を引き抜かれた会員他社がこれによつて蒙つた損害の最低限度額の賠償を会員会社に請求しうる権利を取得する趣旨をも含むものであつたこと、

(4)  さらに本件協定により、右各条項違反事案の処理にあたる協会の機関として実行委員会(この委員会は、各支部毎にその所属の会員会社の代表者からおゝむね二名ずつ選出された委員--委員長を含め合計四六名--をもつて構成される。右委員四五名が第一班ないし第四班にわかれ、右各班がそれぞれその担当事案を処理する。)が設けられ、実行委員会において、会員他社からの申出によりその主張の会員会社に違反事実があるか否かを調査審理し、違反事実があると判断した場合には、直ちに前記<4>の違約金および債務を右会員他社に支払うよう右会員会社に指示し、右会員会社がその支払をしないときは、右会員会社からその支部長に提出されてある前記約束手形をもつて右支払に充てさせ(ただしこの手形による支払のされたことのなかつたことは前記二、4認定のとおり)、なお実行委員会が右違反申出事案に対して下した認定判断を協会の理事会に報告し、業界に発表するとともに所轄東京陸運局に報告すべき旨定められたこと、

以上の事実が認められ、前掲各証言中叙上認定に抵触する部分はいずれも採用し難く、他に右認定を左右すべき証拠はない。

前記<1>ないし<4>の規定上、会員会社は、会員他社からの依頼またはその円満な了解によらない限り、会員他社に現に所属している運転手についてだけではなく、会員他社を退職した後六ケ月を経過していない運転手についても、これを雇傭その他の方法で自社のハイヤータクシー運転手として使用することができない旨定められ、かつ、この定めに違背して右運転手を使用した会員会社には違約金一〇万円を会員他社に支払うべき義務が生じる旨定められているのであつて、なお会員他社の「円満な了解」が如何なる場合に与えられるべきかについて触れるところがないのであるから、これらの定めは、会員所属の運転手の退職および就職の自由が、その雇傭主の一存によつて退職後六ケ月間にもわたり奪われる結果をもたらすのではないか、さらに、本件協定の成立に右運転手またはその加入する団体の関与したことを認めうる資料のないことをも考慮すると、各会員自らの抑制によつてすべき所属運転手引抜き防止を、運転手の退職および就職の自由を奪うことによつて、行なおうとするものではないか、との疑が生じる。

しかしながらハイヤータクシー業の経営上必須の要員たる有資格運転手の絶対数が不足しこれを養成補充するのに相当の日数および費用を要する前記認定の状況の下にあつて、前記のような態様の引抜きが行なわれることを黙過するならば、右状況を悪用して不当な利得をうる運転手の恣意を許すだけでなく、この恣意に乗じて右運転手の労力を自己の経営における有利条件の増大に用い同業者たる従前の使用者にいわれなく損害を与える一部会員の不公正な経営方法を認容し、ひいては協会所属の会員全部における経営秩序を乱しハイヤータクシーを利用する一般公衆に不利益をもたらすことにもなりかねないことが予測されるのであるから、かような事態の発生を未然に防止すべく、右のような恣意経営手段を禁止是正する本件協定の定めは正当な目的をもつものと認められる。そして右の目的に照らせば、ほんらい本件協定による規制対象は、会員会社が会員他社の被用運転手を自社に転職させる一切の行為を包含するものではなく、そのうちの「引抜き」と評価せざるをえない行為、すなわち、会員会社が会員他社の被用運転手を自社に転職させる意図の下に殊更に右運転手の現在の労働条件より有利な労働条件を提示し、または相当多額ないわゆる仕度金を交付し、その他これに類する不公正な方法を用いて右意図を実現する行為に限定されるべきであり、したがつてまた、当該運転手の転職が右の引抜きにもならない場合、その所属する会員他社において新たに就職する会員会社より右転職につき了解を求められたときは、これを拒否することは許されず、「円満な了解」を与えるべきであつて、ただ、会員他社所属運転手の会員会社への転職が会員会社より右了解を求めることなく行なわれたときは、この外形的事実から、右転職は一応右引抜きに該当するものと推定するのが前記認定の状況上妥当である、と解される。本性協定は、その表現に不十分なものがあるけれども、すくなくとも退職した運転手に関する部分を除外して考えるならば、右のような解釈を容れうるものと認められる。

ところで違約金一〇万円は新たな有資格運転手一名の養成費相当額を基準として定められていること前記認定のとおりであつて、それは、本件協定の履行を強制しようとする役割をもつとともに、自らの負担で右運転手を養成する代りに右予定損害賠償金の支払をもつて会員他社から右運転手を獲得する方法を選択しうる余地をも会員会社に残しているものと解される。しかも本件協定は、その存続期間が六ケ月間に限定され、その適用範囲も東京都区内および三多摩地区内に営業所を有する会員に限られており、なお前示甲第七号証によれば、会員は書面による届出をもつて協会から任意に脱退しうることが協会の定款に定められていることを認めることができる。

以上の時点をあわせ考えると、本件協定は、すくなくとも、その定めによつて規制される行為を前記解釈により限定し、かつ、退職した運転手に関する部分を除外する限り、その目的、規制の対象および方法、適用範囲等よりみて社会的妥当性を有するものと認められるのであつて、自から本件協定に服する旨約した会員相互間においてはもとより、本件協定の成立に関与しなかつた会員所属運転手に対する関係よりみても有効であると解するのが相当である。もつとも本件協定によつて、間接的にもせよ、会員所属運転手が会員間における転職を行うことについて事実上の制約を蒙ることのありうることは否定し難く、前記解釈を採つても、自己の転職が前記引抜きにあたるとの一応の推定を受け自からこれを破る必要に迫られる場合のおこりうることもまた否定し難いところであるけれども、右制約は自から会員に所属した運転手として忍受せざるをえないかつ忍受すべき限度にとどまるものであり、また右推定を破ることは必ずしも困難ではないから、会員被用運転手の蒙ることあるべきこの程度の事実上の不利益は本件協定の有効性をそこなうものではないと考えられる。なおたとい本件協定中退職した運転手につきその退職後六ケ月間の長きにわたり本件協定の適用をみるとされる部分が右運転手の転職の自由に対する合理的制約を超えるものであつて、単に同運転手に対する関係においてでだけでなく、会員相互間においても無効であると解すべきであるとしても、右部分は本件協定の他の部分と不可分の関係にあるものではないから、右部分が無効であるからといつて、直ちに本件協定全体が無効であるということはできない。

したがつて本件協定は、すくなくとも右のような限度内においては、会員所属運転手に対する関係において、その職業選択の自由を保障する憲法第二二条に違反するものではないと解するのが相当である。

次に憲法第二七条第一項にいう勤労の権利とは、勤労を欲する者に職を与えるべく、それが不可能であるときは失業保険その他の失業対策を講ずべきことを国に義務づけることを内容とする社会権であると一般に解されているのであつて、上記のように限定された意味での本件協定は、会員所属運転手の勤労の権利の実現を阻害する趣旨のものでもないことが前叙認定事実に徴し明らかであるから、本件協定は、すくなくとも前記限度内においては、同項の勤労の権利を侵すものではない。

それ故憲法の右各規定に違反するが故に本件協定は無効であるとする被告の主張は、すくなくとも上記限度内では、理由がない。

四、そこで、かように限定された意味での本件協定に違反する行為が被告によつて行なわれたか否かについて検討する。

いずれも成立に争いのない乙第三号証、同第七号証、同第一〇ないし第一二号証、同第一四、第一五号証、同第一七ないし第二〇号証、同第二二ないし第二五号証、証人佐藤正次郎の証言により成立を認めうる甲第三ないし第六号証、証人佐藤明の証言により成立を認めうる乙第一六、第二一号証、証人佐藤正次郎(一部)、同佐藤明(一部)、同内野万三、同丹羽仙蔵の名証言、原告会社代表者尋問の結果(一部)を総合すると、

1、訴外大塚高義は昭和三八年三月二二日以降原告会社に雇われ運転手として勤務して来たところ、翌三九年八月四日退職願を提出して原告会社を退社したのであるが、同日前からすでに被告会社に運転手として雇われ、その運転業務に従事していたこと、

2、訴外梅津太啓夫は昭和三九年六月二七日以降原告会社に、雇われ運転手として勤務して来たが、同年八月二〇日以降原告会社に無断で欠勤し、その頃から被告会社に雇われその運転業務に従事したこと、

3、訴外内野万三は、本件協定の前身たる前記業者間協定の成立した後に入社し、したがつてその際右協定の存することを知りうる立場にあつた大塚および梅津と異なり、右協定の全く存しなかつた昭和二九年七月五日原告会社に雇われ爾来十余年の長きにわたり運転手として立働いてきたものであり、その勤務成績もよく班長の職にもあつた(原告会社の従業員は当時合計一〇〇名近く、それが四ないし六班にわかれ、各班に班長が置かれていた。)のであるが、原告会社より支払われる給料が同業他社のそれに比して低額にすぎ、しかも昭和三九年七月頃、それに先立つて行なわれたストライキによる減収その他の事由があつたとはいえ、支給された賞与が僅かに一律金一万三、〇〇〇円であつたため、妻子四名(その頃長男は高校生で、次男も間もなく高校に進学する予定であつた。)を扶養してゆくのに不安を覚え、なお埼玉県比企郡小川町にある自宅から原告会社への長距離通勤の負担を軽減したいとかねてからのぞんでいたこともあつて、その頃から、原告会社を退職して、給与が比較的よい旨聞知しておりまた通勤の負担も多少軽くなる場所に在る被告会社に就職したいと考えるようになつたこと、しかしこのような理由を明示しては退職届を受理してもらえないと思つた内野は、同年八月二〇日通勤に不便なので自宅附近に勤務することになつたから退職する旨記載した退職届を提出して(なお同日の一七日位前から口頭で退職したい旨原告会社に申出ていた。)受理され、同日原告会社を退社したうえ翌二一日被告会社に雇われその運転手として勤務するに至つたこと、この転職にあたり、被告会社より内野に仕度会が交付されたことはなく、その他これに類比される手段も講ぜられなかつたこと、

4、被告会社は右三名を上記のように雇傭するに際し原告会社に照会してその了解を求めるという措置を講ぜず、右三名が被告会社に勤務していることを知つた原告会社係員からの問合せに対し、はじめて右各雇傭の事実を明らかにしたこと、

5、もつとも右三名のうち内野万三については、原告会社は、同人の右転職の事実を知り下記のとおり同年八月二八日本件協定による苦情申入書(甲第四号証)を実行委員会に提出しながらも、内野の求めに応じ、翌二九日失業保険被保険者離職票(乙第七号証)を同人に交付したこと、

6、原告が実行委員会に対し、被告のした右各雇入れは本件協定に違反するものとして、同年八月六日<1>大塚高義の雇入れにつき、同月二八日<2>梅津太啓夫および内野万三の各雇入れにつき、それぞれ苦情を申立てたところ、実行委員会はこれらの申立について次のような措置をとつたこと、すなわち、

<1>について、実行委員会は同年九月三日審理の結果被告が大塚高義を雇傭した行為は本件協定に違反するものと認め、かつ、本件協定にもとづき右協定違反の問題を早急に処理するよう原、被告に指示する旨決定し、同月二九日付その頃到達の書面でこの決定を原、被告に通知したところ、被告から同年一〇月一〇日付同月一三日到達の書面で右決定に対する異議の申立がされたので、実行委員会はさらに審査したうえ同年一一月一三日右決定と同一の判断を下し、同月二四日付その頃到達の書面でこのことを原、被告に通知したこと、この再度の決定に対しても被告は同年一二月二九日付翌四〇年一月五日到達の書面をもつて、右決定をした実行委員会を構成する委員のうちには原告会社代表者が含まれていたことその他の諸点よりみてその審理が公正でなかつたと主張し右決定の取消しを求めたけれども、実行委員会はすでに決定したことを取消すべき事由はないとして、右主張を容れなかつたこと、

<2>について、実行委員会は昭和三九年九月三日および同年一一月一三日の二回にわたり審査したが、梅津および内野を被告において雇傭した行為が本件協定に違反するものと認められるか否かに対する判断を下さなかつたこと、なお本件協定期間満了後昭和四〇年五月七日の協会理事会において成立した運転者引抜き移動防止に関する業者間協定にもとづき設置された調停委員会が<2>についての苦情申立事件を実行委員会から引き継ぎ同年八月二〇日および同年九月一七日調停を試みたけれども、その成立をみるに至らず、右事件は未解決のまゝになつていること、

以上の事実が認められ、証人佐藤正次郎、同佐藤明および原告会社代表者の各供述中叙上認定に反する部分は採用し難く、他に右認定を左右すべき証拠はない。

本件協定の趣旨を前記三、(二)のとおり解釈しつゝ右各認定事実をみると、次のとおりいうことができる。

訴外大塚高義および同梅津太啓夫はいずれもその所属する原告会社への勤務を無断放擲したまゝ被告会社に雇われその運転手としての勤務を続けたものであり、被告会社においても原告会社にこの旨を告げてその了解を求めることをしなかつたのであつて、これらの事実からして、右両名の各転職は、これにつき仕度金の交付その他これに類する方法が採られたことを認めうる資料が見出されないにせよ、本件協定の規制対象たるべき引抜きに該当するものと推認される。右両名の転職にあたり被告が前記第二、二、5後段で主張するような事実のあつたことについては、この点に関する証人佐藤明の証言部分はたやすく採用し難く、他にこれを認めうる証拠がない。その他前記認定を動かすに足りる証拠は存しない。

しかし訴外内野万三については、被告会社がこれを雇傭するに際しその了解を原告会社に求めることをしなかつた点より一応内野の転職も右引抜きに該当するものと推定されるけれども、右転職は前記3認定のような経緯態様のもとに行なわれ、その際仕度金の交付その他これに類する手段もとられなかつたことが認められるのであるから、右推定は破れ、同人の転職は本件協定の規制対象たる引抜きには該当しないものと認定するのが相当である。

五、以上の次第で、被告は大塚および梅津を自社に転職させたことについては、本件協定に違反し、一名につき金一〇万円合計金二〇万円の違約金を原告に支払うべき義務があるが、内野を自社に転職させたことについては、本件協定違反の責を負わないものと認められる。

被告は、原告の申立により協会において被告が本件協定に違反したと裁定し、違約金の支払を被告に命じた場合にはじめて被告に右違約金支払義務が発生する旨主張し、証人広渡浩美の証言中に右主張に副う部分が存する。たしかに本件協定中には、本件協定違反の事案があつた場合には、被違反会社よりその旨を実行委員会に申出ること、実行委員会は右申出により早急に事案を処理し、当該事案が本件協定に違反すると認定した場合には違反会社に本件協定に定められた違約金の支払を指示することと規定されている(前示甲第一号証)。しかしそれは、協会の機関の認定判断を経る方法をとることによつて会員相互間の本件協定に関する紛争をできるかぎり公正円満に解決しようとするための手続規定にとどまるものであつて、会員相互間に直接結ばれている契約関係にもとづく権利義務の存否についての認定判断権を協会の機関に專属させるまでの意義を持つものではないと解するのが担当である。証人広渡浩美の右証言部分はにわかに採用し難く、他に被告の右主張事実を肯認しうる証拠はない。しかも大塚および梅津の各転職については、右の手続がとられたことはさきに認定したとおりであつて、たとい大塚に関する事案の処理にあたつた実行委員会を構成する委員の一人に原告会社代表者が算えられ、また梅津に関する事案の処理にあたつた実行委員会が違反の有無についての判断を明らかにしなかつたとしても、これらのことは、右両名の各転職に関する被告の違約金支払義務の発生を妨げるものではない。

六、よつて原告の本訴請求は、金二〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四一年四月九日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、これを認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用し、なお仮執行免脱の宣言を付するのは相当でないと認められるのでその申立を却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 萩原直三)

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